昭和46年12月13日 朝の御理解



 御理解 第21節
 「信心せよ。信心とは、我が心が神に向かうのを信心と云うのじゃ。神徳の中におっても、氏子に信なければおかげはなしカンテラに油いっぱいあっても、芯が無ければ火が灯もらず火が灯もらねば夜は闇なり。信心なければ世界が闇なり。」

 信心、光明世界と言うが、信心の世界と言うのは、光明世界でなからなければならぬ。明るい喜びに満ちた世界、それが私は信心の世界だとこう思う。ですから先ず、我が心の中に、先ず自分の家庭の中に、職場に、それが社会にと、その信心の光明が転じられて行く。又は信心の光明をもって、其処に入るのですから、その周辺が明るうなると、云う程しのものを頂いて、始めて信心と言えると思うですね。
 どうでしょうか、皆さんの信心は、光明世界の中にあるだろうか。心の中が何時も信心の光が灯っているだろうか。家庭の中が成程信心頂いているおかげでと、又は社会に、兎に角あの人が来ただけで、その周辺が明るいものになる、雰囲気が良くなると、言われる程しの信心を、お互い身に付けておるだろうか。私は今日この二十一節を頂かして頂きましてね、もう信心なければ世界は闇なりとこう仰せられる。世界が暗だと、ですからやはり信心は一つの光明である。
 果して光明になし得ておるであろうか。信心せよ信心とは我が心が神に向かうのが信心と云うのじゃと、こう教えておられる所を、自分の心が神様とこう合掌する心になって向かう所に、それは即信心だとその様に頂いとりました。成程この神様は一歩でも無駄にさせんと仰せられるし、神様の方へ向かって一歩でも向こうて来たら無駄にはさせんと。成程、無駄にはさせられんけれども、それが信心とは言えないと思う。ね。
 信心とは何処までもいわゆる心の中に、いわゆる真暗い中に火がてんじられる様にです、光明を感じられる様でなからねば、信心の値打ちはない。又そう云うおかげを頂く事が我が心、神に向かうのである。我が心が神に向かう。しかもそれが一歩、一歩神に近付いて行く。一つの光明が、二つに二つの光明が三つに五燭光の光か十燭光に、十燭光の光が五十燭光の光にと云う様に光そのものが、大きくなって行く。それが信心なのである。信心とは我が心が神に向うて一歩、一歩神に近付いて行く事、な。
 只いたずらに拝みよります、参りよりますそ云うだけではないのです。我が心が神に向かうと云う事は。ね。一昨日でしたか、日田の綾部さんが新しい御信者を、大変な難儀をかかえておられる方なんです。二十年からある仏教の講話を頂き、頂き続けられたと云う方を御導きして参って見えられた。確かに心が助かる。話を聞くと心が豊かになる、穏やかになる。自分はだからそう云う、まあ宗教的修養を積んで行きよるからと思うておられる。所がある難儀に直面した、ぶっつかったもうお先は真っ暗である。
 涙流した事が無いと云う人が、始めて綾部さんの所へそれこそ涙ながらに、云うならば救いを求めて見えられた。あなたが参られる合楽に連れて参ってくれと。それは十一日の日でした二十年間例えばそうした、中々女子大を出ておられると云う事ですから、頭も良い、理解力もある、中々やはり熱心に打ち込まれる性であり、性格(たち)らしい。ですから合楽の事を聞いておったけれども何かその拝み屋さんですね所謂。
 祈祷師ふうの、まあ病気が治ったり、その色々まあ奇跡が起こると云う様な信心はもう、今までその人が身に付けて見えられた信心から云うと、雑宗と思うておった。けれどもやはり、何と云うでしょうかね、背に腹はかえられんという言葉は当たらんかしれませんけれども、切羽詰まって、合楽に救いを求められた。と云うのもです、その方の従業員の方、従業員の思い大変心立てのやさしい、大変ま期待しておられた事務員の方が、病気になられましてね、そしてもう医者がいよいよ難しいと云う。
 もう今日が最後じゃろうかと云う様な、状態に陥られた。その日に見舞いに行かれたんだそうですけれども、もう本当にもうこりゃこのまま仕舞えるとちゃろうと思うごとひどかった。其処で綾部さんを通してお願いがあっておりました所が、その日を境におかげを頂かれた。しかし此のまま行けば助かるかもしれんと言う所までおかげ頂いた。例えば信心してね、御利益を受けると言った様な事は、低級な信心とばかり何か思うておった。只心が安らぎ心が助かれば助かる。
 それが本当の信心だと思うておった。ね。所謂親鸞宗の研究をされた。研究と云うかお話を聞かれた訳ですよね。真宗仏教の。そう云う様なおかげを受けられて、ま少し合楽に関心を持って見えるところへ一つの難儀な問題がま起きたと云うか、起きとったんでしょうけれども、気付かれた訳でしょう。それで綾部さんの所に見える事に成ってお参りされた。なるほどお話を頂きますと私方が教えてもらわねばならんほど、宗教の事に詳しい。本当に深い事を、こう云うことを云われましたですね。
 例えば私が合楽に打ち込むと致します、まあ親先生は生き神様の様なお方と言う事に致しましても、二代が三代が続くでしょうか。もし私が打ち込んだ所が親先生が亡くなられた後は、どなたに縋って良いやら解らないと云う事ではですね、心もとないと云う訳です。それは私とても二代の事やら、三代の事解りゃしません。解りはしませんけれども、金光大神は家繁盛、子孫繁盛の道を教えると仰る、親の代より子の代、子の代よりも孫の代と、おかげ頂けれる道を、私共は日々体得して行きよる。
 だから是さえ頂いて行きよれば、まあ私の代より子供の代の方がおかげと頂いて行く確信をもって信心を進めておるけれども、実際世の中は教会なら教会、他の教会に致しましても、先代の時はあの様な御比礼を頂かれた教会が、子供になられたら、孫になられたら段々衰徴していっていると云う事実がある。沢山あると云う事。けれども私は、こう思うというて、丁度丸少と云うて、子供達が此処に出て、御祈念しておりましたから。長男の若先生が、事からそれから。
 幹三郎の信心を、いわゆる去年の今頃でしたかね、肉腫で、もう九十九パ-セント医者は駄目だという。もし助かるとするならば、その一つは奇跡があるだけだと、お医者さんが断言された。此の子供の病気を放っておった親の顔が見たいと、まで言われた程しのものが、言わば助からん、もうそれこそ医者がびっくりした。その為にわざわざ十二月の二十日の日に報徳祭の日に学会が福岡で持たれた。それでもそれがどうして治ったかかと云う事が解らなかった。
 息子の子供が四人居りますが四人の内、三人は、一番小さいとまでが大きゅうったらお道の先生よなると言うのに、この三番目のだけは、僕は信心はするけれども、お道の教師にはならないとして、自分で選んで建築家の方を高校も選んだ。その彼がそう云う九死に一生と云う様な所を通らせて頂いて、おかげを頂いた。もう子供ながらも、おかげ親様の信心のおかげでと実感した。
 命を頂いたならば、お道の教師になる事も、自分の心の中にそれを固く誓う事になって来た。丁度一年になりますけれどもね。もう私が三時半に此処に出て参りますが、その子だけです、私と一緒にお供をして出てくるのは、そして例えば、現在一週間の断食をしておる。もうお茶も水も頂かん。断食をやっております。今日は実はその明けの日なのです。十三日の今日がその断食明けの日です。そしてですまだ十六か十七の子供がね親の信心が頂きたいと一生懸命。
 これが十日か二十日か1ケ月ならば、まあ出来ましょうけれども、もうおかげで一年間続きました。誰も何ともいわん。これは私が育てなくても、なら此処の子供達の場合は、かぎっては神様が受け継、例えば僕はお道の教師にならん等という子供には、死ぬか生きるかの思いをさせてからでも、そう云う働きがあっているんですよと云うてから、もうびっくりしておられました。
 ですから私は、私が亡くなっても、此の子達が私の信心をがっちり受けとめて、しかも、親の代よりも子の代と、金光大神の御言葉をそのまま、それを実証する様に、おかげを頂いて行く事を確信しますと云うて、話しましたたんです。皆さん御承知の通りなんですよ。自分が例えば、二十年間にその宗教を勉強し信仰させてもらってです、本当に教えとは有難いもの、心が安らぐと思うておったけれども、いよいよ人間が土壇場にと云うか、いよいよの問題に直面した時には。
 もうそれこそ、気の強い人が大声を上げて泣き出して縋らなければおられない程しに取り乱しておる自分にですね、今までの信仰が何あーにもなってなかった事に気づいたとこう言われる。だから私は申しました。親鸞の信仰、成程素晴らしい、けれども此の人は何処までも神を信じた、仏を信じられた、この世には人間を苦を苦しめるような事はない。ただ人間を幸にせねばおかんと言う。
 是だけの神だ仏だと云う事を信じたから、そういう言うならば何とは無しに、神様を信じる事の出来れる力と云う物がです、ね。そう云う事すれば地獄に陥るぞと今までは、言われておった様な事をしながらでも、何時も自分の心の中には極楽があるんだと云う訳なのです。だから狩人あっても、猟師であってももう助かる事の出来ないと言れた、非人乞食であっても南無阿弥陀仏と唱えりゃー助かるんだと説いた。
 だからもうそれこそ沢山な救いを求めて、やあはり親鸞宗に皆帰依した訳です、親鸞に。是は親鸞にした所で次の親鸞の、信心を受け継いだ方達の場合だって同じ事が言える。自分の心は安らいだ。けど事実に於いては、一生貧乏をしておったり、難儀苦労の中にあってと云う事、御利益と云う物がない。親鸞宗教で病気が治ったと言う事がない。盲目が目が開くと言う事がない。只、心が救われ、只安易に救われると、けれども実際の時には役に立っていない 果して人間がそれで良いだろうか。
 金光大神は、成程神様を信じきられただけでは無くて、其の神様から信じられる、教祖または説かれる事も、神を信ずる氏子多いけれども、神に信じられる氏子が少ないと。信じられる氏子、信じられる道を説かれた、神様に信じられる道を説かれた。そこには人間幸福の条件の全てが備わる、まあ一寸した見本が私ですよと言うて話した事でした。私はおかげを頂いて、いわゆる人間の幸福の条件の全てをね、神様に許されておると思うのです。例えば、お金ならお金でも必要なだけ、神様が下さる。
 物でも同んなじと言うてお話させて頂いた。そこでなんです和賀心が神に向かうのを信心と言うのは、和賀心が神に向かうと言う事は、所謂光明を受ける事が出来る。自分の心の中に光明と感じる事が出来る、程しのものがなかったら駄目だ。それが神に向かうのだと。例えて申しますとこう云う話と、昨日は緑会でした。もう昨日はもうそれこそやんがて電気がともる頃まで一生懸命でした。ならもう是であまり遅くなりましたから帰らせて頂きましょうと云うけれども、まあみんな立たれないくらいであった。
 雰囲気が素晴らしかった。立ちがけに佐田のおばあちゃんが言われた。はぁ先生今日は極楽でした。もう本当に極楽の中にあった。有難いお話を頂いて、自分の心の中がそれこそ有難い物で一杯になる、中でです合楽の野口さんが発表しとられました、丁度十日の月次祭の日の私が午後の奉仕をして居る時でした。あちらの嫁の暁子さんがお参りして参りました。お母さんは御本部参拝しとられます。それで今晩お参り出来ませんからと言うて昼参って見えました。
 主人になりますのが熊本の方へ出張しとります。一日二日は帰りません。それが私、お取次させて頂いたら、暁子さんに申しました。あのね、御主人が熊本へ出張されあちらで御用しておられる。しっかり嫁御のあんたがね、後ろ祈念せねばいけませんよ。後ろ祈念が大事。もう主人が思わずおかげ頂くよと云うて帰りましたら、その月次祭にその出張しとるはずの息子さんが二人参って来ておるのです。あぁあんた達は参って来んはずじゃったのだがと言うたら。
 はあそれが急に帰ってまいりましてからおかげ頂いたと云うて参って来ました。お母さんもその晩、御本部から帰っとりましたから。お迎え方々お参りして来たんだと思うておった。昨日話して聞かせて頂いて、成程と思うた事はね、その嫁の暁子さんが、主人の事をお届けさして頂いて帰らして頂いた。帰って家を片付けさせて頂きよったら、何かの調子に大きなガラスが割れた。ああ今帰って来たばっかりに、こんな大きなガラスが割れたとはどう云う事じゃろうかと思うたけど。
 次の瞬間是は主人にどう云う大難が掛かって来とるか解らんと、此のガラス一枚でおかげ受けたとじゃろうと思うた。それからお母さんが帰って来なさらん内に、早よいっちょ取り替えとかんならんと云うて、近所の田中さん所にお願いしてしてもらった、千四、五百円取られるだろうと思いよった所が五、六百円で済んだとこう云う。あれもおかげ是もおかげと思うた。そしてガラス戸が綺麗になったら主人が帰って来た。あらあなたは今日は帰らなさらんはずだったんがと云うたら。
 それがお前今日はほんなごともう自動車と正面衝突、もう一寸ばかしか開いとらじゃったら、もう今日は命拾いしておかげ頂いて帰って来たと云うて。ああ親先生が主人の事を祈れと言った丁度その時間にです、お参りをして帰った。帰ったらガラスが割れた。是は大難が小難でお祀り替え下さった、であろうと思うて御礼を申さして頂いとったら、そう云う事でしたと。夫婦の者が喜びあっておりましたと云うて、お話がありました。夫婦がそれを話さんから知らなかった。
 私が皆さんに言おうとしておる事は、そう云う事なんです。和賀心が神に向かうと云うのは、お参りしよる、信心をしよって、どうしてこう云う事がであったら、もう神に向かう事にはならんのです。そうでしょう。今お参りして帰ったのに、こげなガラスを割って、又千四、五百円損せんならんと云う様な思い方は、例えばお参りをしておっても、拝んでておっても、神に向かうた事にはならんのです。それこそガラスは割れたけれどもおかげを頂いたと云う頂き方が、神に向かう心なのです。
 だから今日の此処の所は私が、私自身がはじめて知った所、痛い痒い思いをする事であっても、いや信心さして頂いてこういう事が起こったと云う様な事であっても、神様の御都合に違いない、神様のおかげとして、それを合掌して受ける、そう云う姿勢が神に向かった姿勢のなであります。成程是が光明でなくて何であろうと云う訳けなのであります。それがもっとなら大事な事であっても、大きな事であっても、理屈は同じであります。我が心が神に向かうのを信心と云うのじゃ。
 神徳の中に在ってもね、それこそ油しっぱい入ってるカンテラの中にです、芯がなかったら灯が燈もらず、成程天地金乃神様の御恩徳と云うかお恵みと云うのもは、もうこの世に満ち満ち溢れておるのである。けれどもね、氏子に芯なければおかげはなしである。どう云う信かと、何時も神様の御守護の中にあっておかげを受けておるんだと、肉眼で見える眼には難儀な事に見えるけれども、
 本当の事を云うたら、いわゆる肉眼をもって見たら、それは神愛より他にないおかげなんだと。そう云う信なのだと。そう云う芯があれば灯がともると云う訳なんです。日頃例えば教え頂いて、何とはなしに成程、信心の話ちゃ素晴らしい心が緩んで来る、おだやかになって来る。信心ちゃ有難いと云うておっても、例えばそう云う時にです、例えば信心しょって、今参って来たばっかりなのに、こんなガラスが割れると云った頂き方なんです。そう云う頂き方した出来んならば信心を頂いている値打ちはない。
 如何に心が救われ、助かった様であっても、それは助かった様であっただけであって、実際は助かっていなかった。信心の芯と云うのは、そう云う時にです、光を放つ事の出来れるものであって、それがそのまま光と云う事が言えるでしょう。そう云う芯を貫く所にです、心の中に灯しびが、家庭の中に明かりが、明るうなる。その人の居る限り世界が明るうなる。そう云う私は生き生きとした光を感じられる程しの信心を身に付けて行きたいと思う。昨日それを云うとられました。
 先生暁子さんが帰ったらそう申しますから、本当にあんたは良か信心を身付けて行きよるね。どうでんこうでん、しっかり頑張ってから、あの佐田さん方の若奥さんのごとなる信心を頂いてくれんのと云うたとこう云う訳です。佐田の若奥さんが出来て御座ると云う意味でしょう。先生この嫁がです、私の方に来る前は創価学会の、まあ、良かとこじゃった。そして貰うて貰うたらあなたん所も、創価学会に入って貰わにゃで来んとう云う様な手紙を出して来た程でした。
 もうその手紙を受け取った時にはね、本当にがたがた震うごとあった。此処に富永さんが見えて丁度ありを語られますがね、もうこの一事だけで、もういかに弟の嫁に貰うと思うたけれども是だけでも、是はもう貰われんと思う位にあった。もうそれこそ高なるとの胸をおさえて此処まで手紙を持って此処え見えられた。 見せて頂いたらそれはひどい事が書いてあった 十枚位の便箋に是が若い娘の言う事じゃろうかと、ああ言う風に言わなければ創価学会は成り立たない訳です、ね。
 酷な事が書いてありました。本当に私でも手が震うぐらいにあった。それがお取次させて頂いたら、それこそ野口の家の光明の中に入って来る嫁なのだから、信心のある言わば世界に入って来るのであるから、そう云う事は問題じゃない、やはり貰う事になっとるとじゃから、やっぱり貰いなさいと云う事じゃった。まあ取次頂いて、親先生のその一言がそうていと、云う腹がきまって頂いた嫁がですね。
 どう云う事を今いっておりますかと云うと、本当に一家中をあげて金光様の御信心してある中に私が創価学会であったとしたら、です、今の野口の幸せなかろうけれども、私がお道の信心に、此処の信心に合楽の信心にです、帰依させて頂いて、信心させて頂く事が此の様に野口一家が幸になれれると云う事で、本当金光様のご信心を、私が守って来た野口の家が、さして頂いておる野口の家が本当にお母さん幸ですと嫁が申しますと云うて、昨日発表しとりました。
 申しとるじゃない、家の中がもう光明の家だと云う事が私は言えると云う訳です。あんたち南無妙法連華径、私は生神金光大神様ではいけん。それをお道の信心によって一家中が助かって行っておると云う事が有り難いと云うほどしに嫁御が変わって参りましたと云うて、喜んで野口さんが発表しておられました。だから我が心が神に向かうと云う事は、信心しよると云うじゃなくて、そう云う事にあたった時。心が暗くなるどころか、かえって元気が出る。
 是はおかげに違いないと、思える心、そう云う姿勢がです、信心せよ、信心とは我が心が神に向かうのを信心であると云う、それがお道の信心なのです。そう云う信心を身に付けて行く。しかもその信心がです一歩一ぽ神様へ近づいて行く。だから金光様の御信心は、総生神を目指しての信心だと云う事が言える訳です。生神とはここに神が生まれると云う事であって、心の中がいつも有難い、勿体ない信心の光が灯っておる。そういう境地を生神というのである。
 しかもそれが四十六時中、頂けれると云う程しにおかげを頂いて行く事を目指しての。生神を目指すのである。その生神という事を目指しすと云う事で、始めて信心とは我が心が神に向かうのを信心じゃと云う事になるのです。何時も同じ所におってから、一歩も前に前進しないとするならばそれはもう信心じゃない。神に向かうのを向かって行くのを信心と云うのである。
 しかもどう云う向かい方と云うのは、あれもおかげ、是もおかげと一切おかげとして、頂きぬいて行く。芯が貫いとらなけれはいけない。そりゃ叩かれれば痛い、けれども有難いと云う物でなからねばいかんね。今お参りして帰ったばかりなのに、ガラスが割れた、まさしくそう云うおかげを頂くですね。成程、博己さんが博己さんとはその婿です。 ほんに今日は命拾いをしたと云うて帰って来た。私はまさしく神様のお祀り替え下さったんだと信じますね。古屋さんが昨日あそこで発表しとられました。
 御主人がそれこそ、医者が云う通りの事を聞くならばほんな事、それこそカタカタ震えだす程の病気なんです、しかも二つもあるそれが。本人は御承知じゃない。所がそれを境に、福岡から此処まで毎日こうやって朝参りを通うて来る様にならして頂いた、まあ最近は其の事が一つも気にならないどころか、今度の主人の病気と云う物はもう。本当に有難いと云うて昨日発表しとられます。是が光明なのです。そう云う姿勢が神に向かう姿勢なのです。まるで柱である所の主人がです、癌が二つもあるとじゃけん。
 あの癌と言われとるがね。その事から発心した、福岡から朝参りを思いたった。もう今まで長い信心ですからもう知っておったけれども、自分の心の中にそう云う光が灯っていなかった。主人の信心、その今度の主人の病気がです、気に掛からんどころか有難いものになって来た。そう云う私は生き生きとした行き道と云うかね、に一歩一歩前進させて頂くと云う事が、我が心が神に向かうと云う事であって、是ならば神徳の中に。在るので御座いますから。カンテラに油が一杯入っている様に。
 徳が満ち溢れておるので御座いますから、是に灯が点じられたら明るいおかげにならぬはずがない。心がね信心の光明もう心が有難い明るい家の中がしかり、しかもそれが社会にそれが世界におし進められて行かなければならない。そう云う責任を私共が感じなければならない。そう云う光を愈々大きな光にして行かなければならない。そう云う願いに立っての信心をね、それぞれの手元の所でそれぞれの問題を通して、そう云う信心をいよいよ、強固なものにして行く所がですお道の信心だと思います。
   どうぞ。